東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)112号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実、審決摘示の周知の鋳造ベルトが本願出願前周知であつたこと、引用例に審決が認定するとおりの事項が記載されていること及び本願第一発明と周知の鋳造ベルトとの一致点と相違点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 成立に争いのない甲第三号証(本願明細書)によると、本願第一発明におけるマイルドキルド鋼にチタニウムを添加する目的に関連して本願明細書には、「現在迄前記鋳造ベルトは………マイルドキルド鋼により作られていた。この従来技術の鋳造ベルトは銅や鋼のような高融点金属の鋳造に用いられるときに急速に摩滅するという欠点を示した。」(三頁四行~一〇行)、「本発明に係る鋳造ベルトは従来の鋳造ベルトの欠点を解消する。本発明に係る鋳造ベルトは〇・二~〇・八重量%のチタニウムが添加されたマイルドキルド鋼により作られている。」(三頁一七行~四頁一行)との記載があることが認められる。
右記載によれば、本願第一発明において、マイルドキルド鋼にチタニウムをその所定範囲量添加する目的は、従来のマイルドキルド鋼製の鋳造ベルトが有していた欠点である急速な摩滅を防止すること、即ち耐摩耗性を改善してその耐久性を高めることにあることが認められる。
ところで、右「摩滅」の語が「すれてつぶれること、すりきれること」を意味するものであることは、それ自体明確であつて疑念を生ずる余地はなく、また、「摩耗」の語も「すり減ること」を意味し、両者はほぼ同義語として用いられていることは明らかである。
このように、明細書に記載された用語の意義がそれ自体明確である場合には、これと異なる意味に理解すべき特段の事由がない限りその用語の本来の意味に解すべきであることはいうまでもない。
(二) 原告はこの点についてこれまでの鋼製鋳造ベルトの改良の要求は、専ら高い熱応力ないし温度変化からベルトを保護するものであり、耐摩耗性に関する要求がなかつたとし、明細書におけるチタニウム添加の目的は耐摩耗性の向上にあるのではなく、耐熱亀裂性の向上にあるものと解すべきである旨主張する。
なるほど、前掲甲第三号証、成立に争いのない甲第六号証(英国特許第一四六八五五〇号明細書、一九七七年三月三〇日発行)、第八号証(英国特許第一〇六七九二一号明細書、一九六七年五月一〇日発行)によると、本願発明が対象とするような鋳造ベルトは、原告が主張するようにその片面が溶融している鋳造用金属に接するために高温に曝され、他の面は常温又は水冷により常温以下となることから苛酷な熱的応力を回転によつて繰り返し受けることとなり、その耐久性を高める方法として鋳造ベルトに熱的障壁を設けることなどが提案されていたことが認められる。
しかし、前掲甲第六号証の英国特許明細書には、「………ストリツプ鋳造機中に、回転ベルトと固化しつつある連続鋳造体との間にある程度の相対的運動が常に存在するであろう。何故なら該鋳造体は固化するにつれて収縮するからである。回転ベルトと、連続鋳造体との間のこの相対的運動の結果、低い熱伝導度を有するカバーは更に摩擦応力に付される。」(訳文三頁一八行~四頁四行)との記載があり、また成立に争いのない乙第二号証(特開昭五〇―一二三〇三九号公報)には「ベルト型鋳造装置の場合、周知のように、周動する鋳造用ベルトと凝固しつつある帯状鋳造体との間には常に或る相対運動が起つており、このために熱絶縁又は断熱被膜は摩耗されてしまう。」(二頁右上欄一〇~一三行)との記載及び右摩耗を防止するために、モリブデン、鉄、チタン、ニツケル、銅、これらの合金又は混合物からなる金属被膜を鋳造ベルトの断熱被膜上に形成する技術が記載されており、更に成立に争いのない乙第三号証(特開昭五一―七一八二九号公報)には、「これらベルト(鋳造ベルト)は、鋼または合金鋼などによつて作られる。このような鋼などは、靭性および摩耗や物理的損傷に対する抵抗………を備えているものである。」(二頁左下欄一〇~一四行)との記載が認められる。
右各証拠はいずれも本願発明の出願後頒布された文献であるが、右各記載によれば、本願発明の出願当時当業者間において鋳造ベルトの耐摩耗性が問題となつており、その向上の要求があつたことが容易に推認できる。
そうしてみると、この技術分野において、鋳造ベルトの耐久性の向上に当つて耐摩耗性が問題となり得なかつたことを前提として、本願明細書に記載の前記チタニウム添加の目的について、これをその本来の用語の意味と異なる耐熱亀裂性の向上にあるものと解することはできず、他にこのように解すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。なお、本願明細書における原告主張の<2>の記載(同明細書にこの記載のあることは当事者間に争いがない。)は、前認定のとおり鋳造ベルトの耐久性を高める方法として鋳造ベルトに熱的障壁を設ける技術が存在したことを示すにとどまるものであるから右認定を左右するものでない。
(三) 以上のとおりであるから、審決が本願明細書の記載に基づいて、右チタニウム添加の目的を鋳造ベルトの耐摩耗性の向上にある旨認定した点に誤りはない。
よつて、原告主張の審決取消事由(1)の主張は採用できない。
2 取消事由(2)について
引用例に鋼に〇・四七~一・四七重量%のチタニウムを添加して高温強さを上げる技術が記載されていることは前記のとおり当事者間に争いがない。そして、引用例には、チタニウム添加の目的が耐摩耗性の向上にあることの記載がないことは、審決もこれを認めているところ、成立に争いのない甲第二号証によれば、引用例にはチタニウム添加の目的、効果として、原告主張のとおり、高温での耐クリープ性の向上だけが記載されていることが認められる。しかし、鋼にチタニウムを添加した場合に耐摩耗性が向上することが本願出願前周知であつたことは当事者間に争いがないから、引用例の右のような記載にかかわらず、当業者は引用例記載の技術における鋼へのチタニウム添加の目的が耐摩耗性の向上にあることを容易に理解できるものと認めるのが相当である。
そうすると、本願発明における鋼にチタニウムを添加する目的が耐摩耗性の向上にあることは前記認定のとおりであるから、引用例記載の技術を周知の鋳造ベルトに適用することが当業者にとつて格別困難ではないとした審決の判断に誤りはない。
よつて原告の審決取消事由(2)の主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用できないことが明らかである。
3 取消事由(3)について
(一) 前述したところによれば、本願第一発明が鋼にチタニウムを添加する構成により鋳造ベルトの耐摩耗性を向上させ耐久性を増大させる効果を奏することは、その程度を除き、明らかであるところ、原告は審決の「予測できない程の効果が生ずるとも認められない。」との判断を争つている。そこで、本願第一発明の効果の程度について次に検討する。
(二) 前掲甲第三号証によると、本願明細書には発明の効果について、「特によく適した鋼は重量%で燐〇・〇三以下、硫黄〇・〇三以下、炭素〇・〇六、アルミニウム〇・〇二~〇・〇五、マンガン〇・一五~〇・四、クローム〇・〇七~〇・一一、珪素〇・〇二以下、ニツケル〇・〇三~〇・〇五、チタニウム〇・四、鉄―残りであり、この鋼は破断力六〇~九〇kg/mm2、破断伸び二~一五%である。このような圧延状態の鋼によつて作られた鋳造ベルトは銅の鋳造に使用されるとき約一五時間の寿命をもち、一方チタニウムを含まぬが残りの要素の組成は同じである鋼で作られる鋳造ベルトは同じ鋳造条件の下では約五時間である。」との記載があることが認められる。
右記載によれば、約五時間であつた鋳造ベルトの寿命を約一五時間とすることができたとする効果は、(1) 鋳造ベルトの鋼の全組成分が前記のとおり極めて限定され、しかも(2) 冷間圧延状態という特定手段で作られ、更に(3) 高融点の金属である銅という特定のものの鋳造に使用したという各条件の下においてはじめて奏せられた効果であることは明らかである。しかるに、当事者間に争いのない本願第一発明の特許請求の範囲によれば、本願第一発明は右(1)ないし(3)を要件とするものではないから、前記の効果は、本願第一発明の構成を採用した場合の全部について奏せられる効果ということはできない。
また、成立に争いのない甲第五号証によると、これには本願発明によるコンテイロイ合金、引張り強さが右コンテイロイ合金より小さい「ハズ合金」等三種の合金及び引張り強さが右コンテイロイ合金より大きい合金(コーソンブロンズ)によつてそれぞれ作られた各鋳造ベルトの寿命(耐久性)を比較した試験結果として、本願発明によるコンテイロイ合金が格段に優れた数値を示すことが記載されているが、この試験に用いられた本願発明のコンテイロイ合金の成分組成は前記(1)とほぼ同様に限定され、かつ右試験は前記(2)及び(3)と同一の条件下で行われたものであることが認められるので、同号証記載の効果も本願第一発明の構成を採用した場合の全部について奏せられる効果ということはできない。
以上のほかに、本願第一発明の耐摩耗性を向上させ耐久力を増大させる効果の程度を認めるに足りる証拠はない。
(三) そうしてみると、本願第一発明の前記効果がいかなる程度のものであるかは明らかでないから、それが引用例記載の技術及び周知技術から予測できる程度を越えた効果であるといえないことはいうまでもない。従つて、審決の前記判断が誤りであるということはできないから、審決取消事由(3)の主張も採用できない。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決には違法の点はない。
三 よつて、原告の本訴請求を棄却する。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
(1) 鋳造機械、特に鋳造空間が平行に進行する一対の鋳造ベルトと該二個のベルトを分離する二個の側部ダムとにより形成される鋳造機械及び鋳造空間が鋳造ベルトにより蓋される車の溝により形成される鋳造機械用の鋳造ベルトにおいて、鋳造ベルトが重量%〇・二~〇・八%のチタニウムが添加されたマイルドキルド鋼により作られていることを特徴とする鋳造ベルト。
(2) 鋼が〇・四重量%のチタニウムを含有することを特徴とする前記第一項に記載の鋳造ベルト。
(3) 鋼の炭素含有量が〇・一重量%以下であることを特徴とする前記第一項及び第二項に記載の鋳造ベルト。
(4) 鋼がアルミニウムで鎮静されていることを特徴とする前記各項に記載の鋳造ベルト。
(5) 鋼が冷間圧延状態で使用されていることを特徴とする前記各項に記載の鋳造ベルト。
(6) 鋼が重量%において燐〇・〇三、硫黄〇・〇三以下、炭素〇・〇六、アルミニウム〇・〇二~〇・〇五、マンガン〇・一五~〇・四、クローム〇・〇七~〇・一一、珪素〇・〇〇二、ニツケル〇・〇三~〇・〇五、チタニウム〇・四、鉄―残り、を含有し、破断応力六〇~九〇kg/mm2、破断伸び二~一五%であることを特徴とする前記各項に記載の鋳造ベルト。